妖怪は人間と同じ存在説。

違う存在とされる妖怪と人間の間になぜ子供が生まれるのか、
妖獣や妖精はなぜ人の形をしているのか。
その疑問を解決するための説の一つです。
なんかすごい存在が説明するかのような文体ですが、お気にせずに。
深い意味は無いし、設定のエッセンスにでもどうぞ。


人が、人類が文化を持ち歴史が刻まれ始めた頃、
特殊な能力に目覚めた人間が生まれることがあった。
特殊な能力に目覚めた者達は強い力と、長い寿命を持っていた。
ある人間は、崇められて“神”と呼ばれ、
ある人間は、恐れられて“妖怪”と呼ばれるようになった。

そのうち、神は人間がつくった社の中で暮らすようになり、
妖怪は人間と離れて暮らすようになった。
そして長い年月がすぎるうちに…
人間も神も妖怪も、もともとは同じ存在だということを人々は忘れてしまった。

またある時に、猿が進化して人間になったように
様々な動物や植物が、人の姿へと進化していく現象が起こるようになった。
人間とは、猿が進化しただけの存在ではなく、
あらゆるものが進化の果てに人間になる。
人類こそが進化の行き着く先だったんだ。

動物が人間に進化した者を、人々は妖獣とよび、
自然が人間に進化した者を、人々は妖精と呼ぶようになった。
妖精があまり知能が発達していないのは、自然というものが
もともと知能というものを必要としない存在だったからなんだ。

妖怪なんてものは存在しない。幻なんだ。
能力を持った人間が、動物から進化した人間が、
自然から進化した人間が、あたかも違う存在かのように
思い違いをしていただけなんだ。
そう、その全てが人間で、同じ存在なんだ…。


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No title

仮説を読ませていただきましたが、
この設定には共感するところもあります。
しかし、この設定では、存在をすることが難しい存在が多くあると思われます。

たとえば、妖怪の中には、その存在を歓迎される者(座敷わらしとか)もありますし、逆に存在が不安定(どの様な役割を果たすものか定かでわない者(ぬらりひょんとか))

逆に神様でも忌避されるような物もあります。(貧乏神、疫病神、死神など)
又、妖獣は、中国の仙道では人間に化けることを覚えた獣(封心演技(原作)等では、仙道を身につけた動物など)等としてかかれます。
(とゆうか中国の思想では神々は規則に縛られた存在であり、その上に真なる支配者の仙人(仙骨のある優秀な人間)が物事を決めているような感じがあります。(その仙人は善良な存在として扱われる(超自然もしくはバランサーのようなものとして)))

妖精でいえば、精霊の一種であり自然(泉や大木など)の主人格であるといった扱いをしている説もあります。
(精霊の中には妖怪なども大別的に入っていたりもします。又過去のアニメには、星自体を精霊として扱ったようなものもあります。)

それに、東方の世界では、特殊な性質に目覚めても人間扱いされたままになっている存在がいたりします。
なので、どちらかというと人間がトップでなのではなく、
大多数であり興味をそそる対象である人間に周の神や妖怪、妖獣、妖精などが合わせてくれていると思ったほうがいいような気がします。

No title

妖獣は元来そういうもんというか、上にあるように人に転じるようになった獣です。

妖精は多少の主体性を持った自然そのものですので、人間と呼ばれる必要はないでしょう。擬人化されたものであるのは確かですが…
かれらが感化されやすいのも現象体現やら環境汚染への応答を表したものではないかと。
湖に流れ込んだ原油が拡散したり、山火事が広がったり、大雨が連鎖的に自然の災難を巻き起こしたり、あるいはそれらを最終的に自然が飲み干したり。

生物種としての人間は生物的存在の中で精神性がやや特殊で、侵犯特性と社会形成の双方を強く表します。
また、たまにその精神性(や学)をもとに極まって器まで化物化したり、
象徴物としてとんでもない力を揮うものが湧いたりします。妖怪や神の数割ですね。
普通の凡人は執着が足りないため滅多にそうなりませんが、なる輩が混じっています。
その種としてのやや特殊な精神性の都合、人は神や妖怪っぽくなった存在を
殊更に畏れたり祭ったり恨んだり他しやすく、結果的にそれらの精神的背景そのものとなります。
そのような「解釈を加える」人なくして神妖怪は意味をなさないのかもしれません。
少なくとも、妖怪や神にとって人間は精神集合としては「住居そのもの」であるでしょう。

人外から妖怪・神になった(格を得たないし祭り上げられた)存在はいくつか確認できます。
器物の霊や妖怪もその類にあたるでしょう。
もちろん「人間がそれを見るから写像的にそこにいるだけ」かもしれませんし、
もう少し固有の実体として明確なものを持つのかもしれません。
そのあたりが具体的な描写となって明かされることは永遠にないでしょうが、
現状ですでに世界観としては示されているようなものではないかと。

それらすべてを人間と呼ぶのは、個人的にはありですがね。
東方的に霊夢あたりは隔てなくそれが当然と考えているでしょう。

紫は微妙にジレンマを抱えてますな。人と妖怪を区別せねばならないというお題目(神妖の存続には必要なので)と同時に
本来は、本質的には、巨大な共同体(広義の人間、ないし広義の妖怪)でかまわないという本音はある感じで。
だからこそ境界溶かしまくる霊夢を放っておいているんではないかと。
とはいえあくまで半分は「天才が絡む状況を計算で制御しきれない以上天才に任せるしかない」くらいの動機レベルだと思いますが。
小説等も眺める限り、紫は情けがありそうでない(対個人)、なさそうで(実際は)ある(対種・幻想郷)くらいの非常に微妙な思考段階を維持しているかと思われます。
首謀者

コーキー

Author:コーキー
ツクール歴約6年くらい
思えば遠くまで来たものだ
C#は二年くらいだけどね





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